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しかし、現在でもまだ年間一10万ヘクタールもの伐採が止まらない。
拡大する災害森林の荒廃を雄弁に語るのは、中国から飛来する黄砂だ。
年々飛ぶ量も範囲も大きくなり、最近では日本列島を越えてハワイ、ときには北極圏でさえも観測される。
土壌の侵食が次第に激しくなっているためだ。
それは、大気中に巻き上げられる黄塵と河川に流れ込む土砂という形で現れる。
いずれも、表土を縛りつけていた森林の破壊によって、解き放たれたものだ。
河北平原では、黄河流域の6680万ヘクタールのうちすでに、4300万ヘクタールで表土が過剰に流失しており、黄河が潮海に運び込む土砂は年16億トンとも推定される。
長江(揚子江)でも流域面積一億8000万ヘクタールのニ割に相当する3600万ヘクタールで土壌流失を起こし、毎年24億トンの表土が失われて、5億トンの土砂が東シナ海に流し出されている。
長江の水はかつてはきれいだったが、今では黄河なみに濁ってきた。
中国全体では表土の流失面積は、国土の16パーセントに当たる一億6000万ヘクタールに達している。
流失した土砂で河床が上昇し、ダム湖に堆積してその機能を奪っている。
門峡ダムが黄河の土砂で埋まって役に立たなくなってしまったことはよく知られているが、険西省では120のダムのうち40が土砂堆積で使えなくなり、山西省では20のダムの総容量8・6億立方メートルのうち3億立方メートルが失われるなど、各地でダムが被害を受けている。
大規模な森林の喪失によって、雨が多ければ洪水、少なければ干ばつに襲われる。
広い国土で同時にやってくることさえある。
1981年6月から7月にかけての豪雨では、長江上流の水位が一9メートルも上昇し、4川省各地で建国以来という大洪水になった。
支流で堤防決壊が続出し、山津波や増水で鉄道や道路が寸断された。
死者は4000人、家屋など建造物の倒壊は50万戸、浸水家屋200万戸、冠水農地50万ヘクタールという大きな被害になった。
『人民日報』(81年8月19日)は、この大洪水は野放しの森林伐採が主因であるとして、重慶で開かれた洪水調査会議の席上、4川省に対して党第一書記が「今後は森林破壊を防止するとともに、計画的に耕地を森林に戻して、生態系のバランスを取り戻す必要がある」と訴えたことを報じている。
4川省は、戦争前には面積の半分近くが森林で土地も豊かだった。
しかし、洪水当時は、同省の193県で森林の被覆面積が30パーセントを超えているのはわずか111県しかなく、中心部の53県は半数以上が3パーセントに満たなかった。
4川盆地を流れる眠江の両岸はかつて深い森林で覆われていたが、現在は数百キロにわたって岩や石ばかりしか見られず、半砂漠化している。
とくに被害のひどかった武勝県では、1950年代初めに100万ヘクタールの植林をしたが、75年にはわずか5600ヘクタールしか残っていなかった。
この猛烈な乱伐で長江の支流に流れ込んだ土砂は、2億5000万トンに及んでいる。
88年夏に全国的に発生した自然災害は、それまでの規模を上回るものだった。
この年は辰年に当たったために「辰年には災厄が多い」とする言い伝えを裏書きすることになった。
前回の76年には、唐山で大地震があって10万人以上が犠牲になったり、毛沢東主席が死去したりしている。
この年、まず7月から9月にかけて、黒竜江省一帯で山火事の後遺症とみられる近年最悪の洪水が発生して、ハルビンや大慶では400人以上の死者を出した。
さらに、沿岸部の漸江省でも集中豪雨による洪水が発生し、一万7000戸の家と305の橋が流され、650人が犠牲になった。
同じころ、東部から中部にかけての江蘇省、安徽省、湖北省、江西省で、連日38度を超える熱波が襲来して、農地が大きな被害を被った。
『人民日報』によると、一連の災害で中国全土の被害は、干ばつによる農地の被害一億2000万ヘクタール、洪水による冠水・流失1000万ヘクタール、死者一万1600人、被災者6400万人、家屋被害47万戸という巨大なものになった。
この被害後も、森林破壊と災害との関係が大きな議論となった。
砂漠化を食い止めるか緑の長城中国政府も乱伐の禁止や緑化の緊急性を痛感し始めたのは、4人組打倒以後である。
国務院が一978年11月に最初に決定を下したのが、「3北防護林体系建設工事」である。
「緑の万里の長城」計画といった方が通りがよい。
「3北」とは、西北、華北、東北地方の総称だ。
これらの地域がとくに、土壌侵食、砂漠化、風害、砂嵐が著しいために、一大グリーンベルトを育て上げて、砂漠化を阻止しようという遠大なものだ。
このために国連に1300万ドルの援助を仰いだ。
計画は全長7000キロ、総面積約533万ヘクタールを緑化するのが目標だ。
それは、新彊、青海、寧夏、甘粛、陳西、内蒙古、山西、河北、遼寧、吉林、黒竜江の2省にまたがり、併せて667万ヘクタールの農地と334万ヘクタールの草地の保護を目的としている。
87年までに、約800キロ、約40万ヘクタールの植林が終わった。
植えた木の育ってきた地域では、最近になって目に見えて土砂流失量が減ってきたという。
国務院は次いで、79年一月に「森林保護と乱伐防止に関する布告」を発令した。
全国の森林を、防護林、用材林、薪炭林などの用途別に分け、林区や人民公社を指定して、保護に当たらせるとともに、森林面積を30パーセントまで引き上げることをめざしている。
さらに、生長量以下の伐採量の厳守、乱伐・盗伐に対する処罰強化など、7章42条から成っている。
79年11月の第5期全国人民代表大会常務委員会では、それまで林業行政を所管していた農林部国家林業総局を林業部にボルネオ島の山火事近年、この大興安嶺に象徴されるような大規模な山火事が、世界的に目立ってきている。
その中でも、大きな関心を集めたのが、インドネシアの東カリマンタン州(ボルネオ島)で組織を強化した。
同時に「中華人民共和国森林法」も制定された。
その後も、造林の促進、乱伐防止など、矢つぎ早に通達や布告を出している。
81年の全人代表大会では、「中国人民義務植樹」を決議した。
2歳から60歳までの国民は、毎年3〜5本の木を植えなければならない。
その初年度になった82年には、「緑化祖国」のスローガンで、全国で111億本の木が植えられたという。
このとき、農家一世帯当たり、0・2〜0・6ヘクタールの「自留山」の制度も決議された。
農家に山の所有や相続を認め、木材や薪炭の生産を行わせようというものだ。
82年には、4500万世帯の農家に一130万ヘクタールの自留山が認可された。
89年現在、年間約500万ヘクタールの造林が軌道に乗っている。
新中国建国以前の森林被覆率は8・6パーセントであったという。
それが、12・6パーセントまで増えた。
まだ微々たるものだが、世界中の第3世界を見渡してみても、森林面積がわずかでも増加している国は、この中国と韓国ぐらいしか見当たらない。
しかし、人口一人当たりの耕地面積が0・09ヘクタールと世界の平均の3分の一しかなく、土地にかかる圧力の高い国で森林を増やすのは並大抵のことではない。
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